雑感

2018年4月 8日 (日)

『大谷選手の三試合連続HRを見て考えた』

大谷選手。いや、凄いっすね。三試合連続HR。感心する反面、考えちゃいました。

「大谷選手、23歳。俺、37歳。俺が23歳の頃、一体何をしていただろう?それどころか、37歳になった今、大谷選手ほどの何かを残してきたのだろうか?」

僕と同い年であれほどの偉業を打ち立ててきた松坂選手ですら、昨今は色々言われている訳です。じゃあ、俺なんかどうなっちゃう訳?

でもね、ゴマ油が染みだしてくるくらい頭を振り絞って考えてみたら、ありましたよ、一つだけ。大谷選手の三試合連続HRに負けるとも劣らない僕の偉業が。

それは2007年5月1日の事でした。

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なんと、一か所で三枚の片手袋と遭遇したのです!これは人類が歩んできた片手袋の歴史上、滅多に(ひょっとしたら一度も)なかった事だと思います!今から11年ほど前。僕も20代で既に、こんな事を達成していました。

皆さん、大丈夫です!どんなに平凡に見える人生でも、必ずや一つは誰にも出来ない事を成し遂げているものです。我々だって世界に一つだけのハナ肇。胸を張って生きていきましょうよ!

37歳、松坂世代。これからも全力で走り抜けます!

…。

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2018年3月11日 (日)

『七年』

東日本大震災から七年が経ちました。毎年この日は、震災直後に書いた記事を再掲載しています。

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これは僕が“介入型”と呼んでいるタイプの片手袋です。

落ちている片手袋に気付き、見つかりやすい場所に移動してあげた誰かが存在する。

そうして生まれるのがこの“介入型”の片手袋なのです。

我々には有事ではなく普段から、このようなちょっとした、でもとても重要な心の優しさが備わっています。そう信じています。

ましてや過去最大級の有事が起きている今この時。

批判や言い争いや怒りはひとまず置いておいて、正確な情報や落ち着いた行動に基づく優しさを発揮しましょう。

僕自信、自分に出来る事は何か、冷静に考えてみます。

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毎年この文章を再掲するのは、何かを啓蒙しようという思い上がりではなく、あの地震の直後に自分が何を感じたかを忘れないようにする為です。

七年も経つとどうしても色々な感情が薄れていってしまうし、「忘れる」という事も人間の大事な機能だとは思いますが、それでもやっぱり心に刻み付けておくべきこともある筈。

あれ以来、様々な団結も、様々な断裂も両方生まれて、その溝はもう絶対に埋められないくらい深まってしまったようにも思います。

でも、片手袋を落としてしまう心の隙は人間誰でも平等に持ってるし、落ちてる片手袋を思わず拾い上げちゃう優しさだって誰にでも備わってます。

大きな繋がりを持てなくても、小さなところでひっそり繋がってる。そんな事も忘れないよう、これからも日々自分に出来る事を続けていこうと思います。

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2017年10月25日 (水)

『片手袋ガチャ』

結構寒くなってきたというのに、まだあんまり片手袋と出会ってないんですよね。でも流石に12年もやってると焦りは全くありません。いずれバンバン現れてくれるでしょう。

さて、この季節。僕はこんな商品が欲しい!そう、それは「片手袋ガチャガチャ」!

Photo

↑こんな感じです。

僕、「片手袋そのもの」にフィティッシュな執着があるかというと、未だに自分でも分からなくて。「片手袋がある風景」に惹かれるのかもしれないし、「片手袋を生み出す人間の社会」に興味を持っているのかもしれない。

でも、片手袋ガチャだけはあったら絶対に買っちゃいますね。いろんなタイプの片手袋を並べて眺めてたいですわ。

まあ、それを望んでいるのが僕だけである以上、永遠に叶わない夢ですね!

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2017年9月 1日 (金)

『片手袋研究は13年目に突入です!』

先月末に片手袋研究は12周年を迎え、13年目に突入いたしました。

傍から見れば相も変わらず同じことを続けているだけに思われるでしょうが(いや、そもそも何も思わないかもしれませんが…)、やはりその時その時で内面的にも外面的にも変化はあるもので。

同じことをずっと研究し続けていると、興味の対象は横にも縦にも広がっていくものです。「横の広がり」というのは例えば、数年前から気になっている世界中に存在する片手袋写真愛好家の事だったり、片手袋が登場する映画やアート作品を調べ上げる事だったり。「縦の広がり」というのは自分自身の内面への興味、とでも言いますか。

僕はあまり他のジャンルの方と交流を持ったりした事がなかったのですが、この一年でポッドキャスト「山車ラジオ」でソンシツ物件の殿下さんとお話しさせて頂いたり別視点ナイトで様々なジャンルの方と交流させて頂いたおかげで、他の専門家の方と共通する点も異なる点も見えてきました。

その中で今、一番感じている疑問は、「なぜ俺はこんな事をやっているのだろう?というか、俺がやってる事って何なんだろう?」というもので。なんか、12年経って振出しに戻ってしまった感がありまクリマクリスティですね…。

僕がやっているような事って「路上観察」にジャンル分けされると思うんですけど、果たして僕は「路上」を「観察」しているのか?撮りたいと思っている対象も「片手袋」という物体なのか、「片手袋が生まれる背後にある人間の行動」なのか?

さらに気になるのが、「片手袋という物体に興味を抱く」という事と「片手袋を撮りネットにアップしたり作品を制作したりする」という行為は乖離しているんじゃないか?という問題です。

ソンシツ物件の殿下さんは「ソンシツという現象の裏にある人間にはそれほど興味がない」と仰ってました。

植木鉢の木村りべかさんはご自分の活動を「路上観察ではない」と感じているそうです。

僕は片手袋研究を自分の中でどう位置付けているのか?これを最近はずっと考えています。勿論答えは出ていないし、一生出ないかもしれませんが、僕はこういう根本的な問題をうじうじといつまでも考えているのが割と好きなタチでしてね。

ただ先日、別視点ナイトでご一緒した木村りべかさんや中島由佳 さんが参加されていた展覧会「庭先PTDX」を見てきて思ったのですが、「今自分に足りないのはアウトプットだな」という事で。

ここ数年、有難いことに色んなメディアにお声をかけて頂いて片手袋研究について喋らせて頂いたりしてますが、「作品として片手袋写真を発表する」というアウトプットの仕方も久しぶりに模索したくなりました。自分の内面を掘り下げていくのもよいですが、もうちょっとゴツゴツした塊を外に向かって投げかけても良いんじゃないか?と。

それと勿論、片手袋研究を書籍としてまとめてみたい、という思いは長年持ち続けていますが、こればかりは需要がなければね…。

・片手袋の撮影
・片手袋の考察&研究
・機会があれば片手袋研究の紹介&普及

は今まで通り続けていきますが、新たな展開も考えていきたいと思います。

まあ、何がどうなるか?なんて事をきっちり決めてやってきた訳ではないので、面白そうな流れがきたら身を任せつつ、13年目も頑張っていきます!

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※最新の片手袋写真

片手袋研究家
石井公二

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2017年8月23日 (水)

『高速道路、それは罪悪感へ続く道』

夏休み。久しぶりにレンタカーをして、内房まで遊びに行ってきた。

楽しい予定の筈。しかし僕は出発前から気持ちが重かった。何故か?そう。『高速道路の片手袋問題』である。

高速道路の片手袋。他のどの種類より量が多い筈なのに、落ちている場所、そして運転中という僕の状況、その二つが組み合わさって今まで一枚も撮れていない片手袋達だ。

東京から内房に向かう首都高。そしてアクアライン。あるわあるわ、ゴム手袋類や軽作業類の片手袋。

目的地に近づくにつれ、はしゃぎ始める家族。それと正反対にどんどん心が重くなっていく僕…。

片手袋研究家。それは夏休みの当り前の楽しみも許されないさだめ。

今日はアップできる写真は一枚もない。高速道路の落下物を回収する職業があると聞く。今、僕の頭にある単語が浮かんでいる。

「転職」

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2017年8月 5日 (土)

『築地場外の火事に思う』

築地場外で大きな火事がありましたね。

僕が毎週一回築地に通い始めてもう17年くらいになるんですが、ここ数年だけでも三回くらいニュースになるような火事がありました。

片手袋研究においても個人的な思い入れにおいても大事な場所ですから、そのたびに胸を痛めてきました。どれだけ通っても毎回路上観察的な発見がある場所です。失われてよいものなんて一つもありません。

移転が本決まりになってから(その後、まさかここまで色々問題が起こるとは思っていませんでした)、意識的に片手袋だけでなく築地のなんてことない風景を撮り溜めてます。

あの場所に東京の食を支え続けた市場があった、という大きな歴史は残るでしょうが、そこにあった壁のシミや錆びた階段、年季の入った看板なんかは忘れ去られていく筈。だからせめて僕だけでも、そういう歴史の隅に追いやられてしまうような現象を記録しておきたくて。

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豊洲に移転しても場外は残るので、「記録は場内だけで良いな」と思っていたのですが、今回の火事を見て、やはり場外も記録していく事を決意しました。

まあ僕一人で満足のいく形で記録を残すのは到底不可能なので、本当は路上観察に興味のある人達にも協力して欲しいのですが、何しろ時間がありません。とりあえず見切り発車でも出発してますんで、もし興味ある人がいれば連絡くださいね。一緒に路上観察的な視線で築地を記録しましょう!

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勿論、僕のメインはこいつなんですが。

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2017年3月16日 (木)

『片手袋、そして終わりのない考察』

ここのところ、日々出会ってる片手袋の報告みたいなのを敢えて避け、片手袋に関連する考察や問題的等を多めに書いてました。

というのも、もうすぐ冬の片手袋シーズンは終わりますが、当然それ以外の季節も片手袋研究は続くのです。それは軍手やゴム手袋なんかは季節問わず落ちている、という事もありますし、片手袋を深く深く掘り下げて考えるのに季節なんか関係ないからです。

春の到来に備えて(もう春なのかな?)それを確認しておきたく、最近は映画や片手袋に関する根本的な疑問について書いていました。

とはいえ、日々出会ってます。

Img_3968

これは築地の場内と場外を繋ぐ海幸橋で出会った“ファッション類介入型フェンス系片手袋”です。しかし翌週、

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はい、増殖してました。こういう風に、一つ片手袋が発生すると他の片手袋を誘発してしまう事がありますね。特に介入型は。

Img_2377 2 Kodomo__

で、こういう現象は冬にしか見られないかもしれないが、こういう現象がなぜ起きるのか考える事はいつだって出来る、という事が本日言いたかったのです。

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2017年3月11日 (土)

『六年』

あれから六年。毎年この日は、震災直後に書いた記事を再掲載しています。

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2017

これは僕が“介入型”と呼んでいるタイプの片手袋です。

落ちている片手袋に気付き、見つかりやすい場所に移動してあげた誰かが存在する。

そうして生まれるのがこの“介入型”の片手袋なのです。

我々には有事ではなく普段から、このようなちょっとした、でもとても重要な心の優しさが備わっています。そう信じています。

ましてや過去最大級の有事が起きている今この時。

批判や言い争いや怒りはひとまず置いておいて、正確な情報や落ち着いた行動に基づく優しさを発揮しましょう。

僕自信、自分に出来る事は何か、冷静に考えてみます。

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六年が過ぎました。果たしてもうあの震災に対して何か区切りはついたのでしょうか?

例えば今日。まさにこの「3.11」という日をどういう風に迎えるべきかで、様々な意見が対立しているのを見掛けました。

「この日だけはあの惨劇をもう一度思い出そう」
「3.11だけ思い出すのではなく、毎日の暮らしの中で考えていかなければ」
「被災地の人間からすれば、毎年毎年津波の映像とか流して欲しくない」
「いつも通りにしてれば良いんだよ」

あれ以来、決して埋まる事のない溝や対立をあまりにも見慣れてしまいました。

僕個人は、こうして六年前に書いた記事を毎年再掲する事で、あの日感じた恐怖や大切な人を守らなければ、という純粋な気持ちを思い出すようにしています。

震災以降に発生したあらゆる対立や問題は解決するどころか、日常の中にのっぺりと浸透して定着してしまったようにも感じられる昨今。しかし、3.11で亡くなった方やご遺族の事を思う時に湧きあがってくる感情くらいは、皆で共有出来るものではないでしょうか?

そういう意味では、この3.11という日はこれから何年経っても、やはり重要な日なのだと思います。

東日本大震災でお亡くなりになった方々やご遺族に心よりお悔やみ申し上げます。

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2017年1月27日 (金)

『シュレーディンガーの片手袋』

「お!片手袋かな?」

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でもこの状態ではイマイチ分からなかったので裏に周ってみたところ…。表のゴミ捨て日のお知らせと裏打ちされた板の間に、この片手袋らしき物体が挟まっていたのです。指の部分でも露出していれば片手袋か否か判別できるのですが。

しかし私は片手袋には触れない主義。取り出して確認できない以上、この物体は片手袋かもしれないし、靴下かもしれないし、レッグウォーマーかもしれない。僕に出来るのは、その宙ぶらりんの状態を写真におさめる事だけでしたよ。

あれ?もしかしてこういうのが『シュレーディンガーの猫』って事?

え?違う?…ああ、そうですか。

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2017年1月14日 (土)

『温かい湯船に浸かりたかった』

夜、寒い。

一刻も早く出先から家に帰って、お風呂に浸かって布団に潜り込みたい。でも、それが叶わない。家まで1kmもない距離。でも、全然辿りつかない。

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その僅かな距離に無数の片手袋。その度にペダルを漕ぐ足を止め、iphoneを取り出し、手袋を外して、様々な角度から撮影。片手袋一枚につき、およそ5分のロス。

それがこの日は片手袋七枚。35分。しかもそんな事をやってるから、渡れるはずの信号も赤に変わってしまい待つ羽目に。40分、50分。時間はどんどん過ぎていく。

ようやく家に着く頃には、体の芯までキンキンに冷えてしまっている。しかも夜遅くなってしまったので、明日の仕事を考えるとゆっくり湯船につかる暇はない。シャワーでさっと済ます。

僕だって。僕だって何かがおかしいと思っている。でも…でも、片手袋があるんだよ、そこに。

僕は、最終的にどこかに辿りつけるんだろうか?それともどんどん遠ざかっているんだろうか?

皆さん、片手袋の冬の旬、最高ですね!

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