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2020年7月16日 (木)

『自分と同じことをやっている人がいたらどうする?』

テーマも手法も拡大し続ける路上観察。あらゆるジャンルの路上観察者をお呼びしてお話を聞き、「路上観察の再定義」を試みるイベントを新しく始めました。その名も『都市のラス・メニーナス』。『片手袋研究入門』の編集者である磯部さんと共に、これから定期的に開催していこうと思います。

第一回はイベントの趣旨を説明しつつ、僕がずっと追いかけ続けている赤瀬川原平さんの足跡を辿りました。動画のアーカイブもありますので、ぜひご覧ください。

 

 

さて、この動画を見てくださった方のつぶやきを見つけたのですが、それを読んだ僕は驚いてしまいました。

 

 

 

僕の片手袋研究を知って、片手袋撮影をやめてしまった人がいるとは…。言いようのないショックを受けたと同時に、色々なことを考えさせられたので、久しぶりにブログを書くことにしました。

 

☆僕も「自分と同じことをやっている人がいたら」と怯えていた
僕が片手袋を撮り始めたのが2004年ごろ。mixiにコミュニティを作って公にしたのが2005年。その数年後、このブログを書き始めたわけですが、アクセス数はずーっと0でした。それは寂しいと同時に、「片手袋の面白さを知ってるのは俺だけなんだ」という謎の優越感も育んでいきました。しかしそうなってくると、今度は心配になってくるんです。「もし、俺以外の誰かが片手袋を撮ってたらどうしよう?」って。

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☆本当にいた!
そしたらいたんですよ、本当に。しかもそれは有名人。伊集院光さんでした。それを知った時、正直僕も先ほどのTwitterの方と同じように片手袋活動をやめようと思いました。その日のことは、過去に東京別視点ガイドさんに詳細を綴ったのでぜひご覧ください。

片手袋をやめようと思った日 ~凡庸な自分との付き合い方~【この世界の片手袋に】

僕も「同じことをやってる人がいた」ことと同じくらい、それでやめようと思ってしまった自分にショックでしたね。何故なら、「誰にも知られなくても良い、自分だけが楽しければそれで良い」と自分に言い聞かせていたのに、どうやら他の人に知って欲しいという自己顕示欲や承認欲求が芽生えていることに気づいたから。片手袋なんていう本当にどうでも良いっちゃあどうでも良い事象ですら、長くやっているとそうなっちゃうんですね。「俺だけのものであって欲しいけど、誰かに見てもらいたい」って…。恥ずかしい話です。

☆どう乗り越えたか?
ではなぜやめなかったのかというと、まず一つには「やめられなかった」ということ。未練というか貧乏性というか、長年続けていたことをやっぱり手放せなかったんです。

それと、伊集院さんのことを知って割とすぐに、「神戸ビエンナーレ2013」に入選して片手袋作品を展示する機会に恵まれたのも大きかったです。

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ここでようやく、長年続けてきたことを多くの方に見ていただく機会を得たのです。この展示をきっかけに各種メディアからの取材も受けるようになり、承認欲求が満たされたんでしょうね(これ、本当に恥ずかしい話を書いてます)。

ところが、メディアに取り上げられると必ずと言っていいほど、Twitterなどに「こんなの伊集院もやってるよ」という内容を書き込む人が出現するんです。これは今も変わってません。でも、なんかそれは気にならなくなってきました。何故なら厳密に言うと「同じことをやっている」訳ではなかったから。

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僕は「片手袋研究家」であって「片手袋写真家」ではありません。分類図を作成したり、月ごとのデータを取ったりすることも大事な活動です。これが写真を撮っているだけだったら、あるいは落ち込みはもっと酷かったかもしれません。

そういった研究の過程で、1800年代から片手袋がテーマになっている版画などが存在していることを知ったのも大きかったです。僕が、とか、伊集院さんが、とか以前に、片手袋に興味を持って作品化してきた人は遥か昔からいる。その事実が僕の気持ちを逆に楽にしてくれました。昨年末、ついにこれまでの研究の集大成として『片手袋研究入門』を出版できたのも本当に大きかったです。

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やっぱり本を一冊書くって本当に大変なんですよ。でも、一冊書き終えてもまだ語り足りないくらい、僕の中に知識や情報や視点は蓄積されていた。これは相当な自信に繋がっています。

☆同じじゃいけないの?
そうなってくると、心に余裕が出てきました。「そもそも、僕が伊集院さんと全く同じ活動をしていても問題ないんじゃないか?」。今ではそんな風にまで思います。だって、「お前野球好きなの?でも松村邦洋も好きだよ」なんて言う人います?人は何故か、対象が狭かったり小さかったりするほど、「他にも〇〇さんがやってる、〇〇さんの方が先にやってた、〇〇さんの方が詳しい」なんて言い出すんですよね。

でも、研究家として言わせてもらうと、一つの文化をより豊かにしていく為には、プレーヤーは多い方が良い。色んな視点、色んな活動地域、色んな手法が沢山出揃って、切磋琢磨し合いながら全体的な知見は深まっていくのです。そういう意味では、片手袋なんてむしろまだまだやってる人が少な過ぎる!

☆一生懸命取り組む必要すらない
先ほどのTwitterの方、実はあの後にもツイートは続いていて、僕はそこにも感銘を受けました。

 

 

 

そうなんですよ。もっと言えば、頑張ってデータを取ったり、分類したり、めちゃくちゃ沢山写真撮ったり、その成果を人に見てもらったり、一つのテーマを死ぬまで続けたり…。そんなことを必ずやらなければいけない、なんてことは絶対にない!僕はたまたまそういうやり方に楽しみを見出すタイプだっただけで、「くだらない写真を撮るのが好きなだけ」っていう楽しみ方も圧倒的に正しいですよ。『都市のラス・メニーナス』第一回で特集した赤瀬川さんも、『超芸術トマソン』の後書きで既に「飽きてきた」みたいなこと書いてるし、路上観察学会も1番楽しかったのは地方を歩き回ってその日の夜に旅館で皆が撮った写真をワイワイ見せ合ってる時だったそうです。

路上には面白いものがたくさん溢れてる。それを見てるだけでも楽しいし、良い感じの写真で記録できても嬉しい。人が撮った写真を見ても面白いし、自分1人の楽しみでも良い。路上の楽しみ方なんて、本来どうあったって良い。自由なんです。

☆それらを踏まえて
僕が一生懸命やればやるほど、それがある種の障壁になって他の誰かの楽しみを奪うこともあるかもしれない。この方のTwitterを見て、最初そんなことが不安になりました。と同時に、その後に書かれていた内容を見て「片手袋はもういいや、って思えるこの方は素敵だし、そういう軽やかな楽しみも忘れたくないな」とも思いました。

ここ数年参加させて頂いているマニアフェスタには、路上観察系に限らずあらゆるジャンルのマニアの方々が参加しています。

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参加者同士、あるいは参加を検討してまずは会場を見にきた方の中には「ここまでの熱意や知識はないな」と思う人もいるかもしれません。あるいはその逆、「なんか薄いな」と思う人も。でも、濃かろうが薄かろうが「ありとあらゆる人間が現代を見ている」ということこそが1番重要なのです。そして、それらの視点を全て集めても、まだ実際の路上には足りない。それくらいこの世は、路上は果てしないものなのです。僕はもっともっと多くの人が「見る」ようになって欲しい。そして「見えたもの」を教えて欲しい。良いじゃないですか、同じことをやってる人がいたって。それに、あなたが見ている景色は、あなたからしか見えない景色なんですよ?

僕は今年で40歳になります。最近、ただ知ってることを話しただけで若い世代には「知識のマウンティング」と捉えられてしまう可能性も気になるようになりました。だから「#片手袋」で写真を投稿してる人を見かけても、反応して良いかどうか迷います。なんか「片手袋は俺のものだかんな」と牽制してるように思われないか不安で。でも、僕が片手袋の面白さを上手く広めていければ、プレーヤーは増えていくかもしれない。だったらあまりに色んなことを気にしすぎて、発信することもやめてしまっては勿体無い。

ちなみに第二回『都市のラス・メニーナス』は路上園芸学会の村田あやこさんをお招きして、7/27(月)に開催します。会場観覧も配信も両方ありますので、ぜひご覧ください。

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僕自身も落ち込んだり悩んだりしながら、これからも片手袋研究を続けていきます。そして、矛盾するようですが、それが結構楽しいんだ。

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