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2017年7月25日 (火)

ピクサー最新短編『LOU』を見て考えた、ジョン・ラセターの「落とし物、失くされた物、忘れ去られた物達」への視線

先日、映画好きが集まって楽しく語らう会で、「『カーズ3』が良かった」という感想を複数聞き、気になっておりました。なんとなくネットで検索したりしていると、同時上映の短編作品のポスターに目が留まりました。

『LOU』という作品らしいのですが、ここを見て下さい。

Pixarslouposter_2
緑色の片手袋が写ってるじゃありませんか!ディズニーピクサーは過去にも様々な作品に片手袋を登場させてきた経緯があります。

2017

気付いたのは昨日なんですが、今日の夜早速チェックしてきましたよ。『カーズ3』への興味から始まった話だった事も忘れて。

『LOU』のあらすじをWikipediaから引用しますと…

ある幼稚園の運動場の片隅に、忘れられたおもちゃが入った「忘れ物預かりボックス(Lost and Found)」があり、その中にはそれらが合体して成る不思議な生き物ルーが潜んでいた。休み時間中、運動場では園児達が各々に遊んでいたが、他人のおもちゃを奪い取っては自分のリュックに隠してしまう意地悪な少年JJが出現する

この画像を見て下さい。

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つまりこのタイトル、忘れ物預かりボックスに付けられた“Lost and Found”から取れてしまった文字を並べて『LOU』になってるんです。

で、結論から言うと短編にはポスターに描かれた片手袋は登場しなかったように思います。ソフト化されたら一時停止などを繰り返して改めて確認してみますが。

しかし、落とし物、失くされた物、忘れ去られた物達にまつわる物語を描いた点で、やはり過去のディズニーピクサー映画で片手袋が描かれた時と共通点がありました。

『ティンカーベル』に出てきた片手袋。

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この物語内では、妖精たちが人間の落とし物を利用して生活しています。これは種まき機として使用しているんですね。

『モンスターズインク』の片手袋。

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物語中盤に出てくるイエティの住処は、人間が落としたであろう物で溢れています。イエティも落とし物を利用して生きてるんですね。その中からマイクは片手袋を選んで、防寒具として利用しています。

これらはあくまで物語内の小道具として登場する訳だし、僕が映画を見る際も片手袋に注意しているから気づいた訳ですが、でもピクサー、そしてジョン・ラセター体制以降のディズニー作品は、テーマそのものが「落としもの、失くされたもの、忘れ去られたもの」である事が多い気がします。

まずその筆頭がピクサーの長編映画の歴史が始まった『トイストーリー』である事は言うまでもありません。理由はお分かりですよね?

『ウォーリー』の冒頭、人間がいなくなった地球でゴミの山をひっそりと整理しているウォーリー。その姿が映っただけで何故か涙が溢れてきます。

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『カールじいさんの空飛ぶ家』では、カールじいさんはもういなくなってしまったある人の思いに捉われ生きています。

『インサイド・ヘッド』に出てくるビンボン。この映画を見た時、多くの大人はかつて自分にもいた「空想の友達」の存在を思い出したのではないでしょうか?

そして今回の短編、『LOU』。そもそもタイトルが「なくなってしまったアルファベット」で作られてますし、物語自体も「失くしたものが自分を作り上げていたことに気づく」お話でした。

その後の本編、『カーズ3』もまさにもう忘れ去られていた人(車)達の物語なんですよね。

冒頭の映画好きの会で、「ジブリの後継者は誰なんだろう?」という話になりました。細田守監督とか湯浅政明監督の名前が上がるなか、とある方が「それは日本人である必要はないし、ジョン・ラセターがしっかり志を継いでくれてるんじゃないか?」という事を仰られまして。僕が全く思いつかなかった視点でありながら、膝を五千回くらい打ちたくなるご意見でした。

というのもちょうど『メアリと魔女の花』を見て、「ジブリの意思を継いでいくって、どういう事なんだろう?」と考えていた所だったのです。例えば、『となりのトトロ』公開時の糸井重里氏のコピー。

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「このへんないきものは、まだ日本にいるのです。たぶん」

巨神兵の存在そのもの。誰からも忘れ去られひっそりと空に浮かび続けるラピュタ。もう殆どの人が存在は知っていても実際に見たことはなくなってしまった魔女の力。バブル期に建造されたと思しきテーマパークの廃墟とシームレスに繋がる神様たちの異世界。

もしジョン・ラセターがジブリから何かを引き継いでいるのだとしたら、こういった「もうなくなったもの、なくなっていくもの」への視線である気がしてなりません。そしてジブリ映画をジブリ映画たらしめているものは、「飛翔」でも「おいしそうなご飯」でも「戦闘少女」でも「ファンタジー」でもなくて、意外にもこの視線だったのではないか?

そしてその視線があるからこそ、手描きアニメと正反対であるフルCGアニメであっても、ラセターが指揮を執るディズニーやピクサーの作品にはジブリと同じような誠実さを感じるのかもしれません。今回『LOU』を見て、あらためてそんな事を考えてしまいました。

ここまで来たらもう一歩。あとは片手袋そのものが主題となる作品が作られる日を待ち望んでおります。

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