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2015年8月

2015年8月29日 (土)

『20年に向けて』

前回の記事にも書いたとおり、片手袋研究もめでたく10周年を迎えました。これからも当「かたてブログ」をよろしくお願い致します。

今週からグッと気温も下がり、心なしか片手袋との遭遇率も上がってきた気がします。とはいえ、流石に軍手やゴム手袋ばかりですけどね。

今日は次の10年に向けた最初の一歩。皆様にも最近出会った一番ホットな片手袋を送るぜ!

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…俺、こんな事十年も続けてきたのか。我ながらスゲーな。

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2015年8月27日 (木)

『祝!片手袋研究十周年!』

mixiの「片手袋コミュニティ」の皆さんに教えて頂いて、自分が重大な事を忘れているのに気付きました…。

何と私の片手袋研究、今週月曜、8/24で十周年を迎えていたのです!このブログでも「8/24は片手袋の日!」などという記事を過去に書いていたのに、情けない…。

8/24という日は、僕が「片手袋コミュニティ」を立ち上げた日なのです。片手袋自体に対する興味は小学校一年生から始まっているのですが、「写真を撮る、研究をする、そしてそれをネットにアップする」という活動、つまり個人的な趣味を公に問い始めてから(大袈裟だけど)十年経ったのです。

神戸ビエンナーレを機に、このおかしな研究も徐々に様々な反応を頂けるようになりました。そして今年は十周年を迎えるにあたり、「取りあえず何でもトライしてみよう!」という覚悟を年初から決めていました。

憧れのタモリ倶楽部出演を始めとして各種媒体に取り上げて頂いたり、ソーシャルデザインアワードで展示の機会を与えて頂いたり。当初想定していたより多くの機会を得て、また毎回それを見た方から沢山のご意見を頂く事も出来て…。十年前の自分が知ったら本当に驚くと思います。

日々の片手袋研究は地味でミニマルな作業です。しかしそれでも十年続けてみると、思いもよらない事になるんですね。

はっきり言って片手袋研究最大の謎は「何故僕は片手袋に魅かれるんだろう?」という事で、それは未だに分かりません。そしてその答えが出る日が来るのかも分からないのですが、十年前、最初に心に誓ったのは「何だか分からないけど、これは死ぬまで続けてみよう」という事なのでした。

答えが出ようと出まいと、片手袋研究が取り上げられようと取り上げられまいと、人に笑われても、もしくは無反応でも。とにかく「片手袋を撮り、思考する」という行為を死ぬまで続けていきます。その中で、たまには誰かから反応を頂けたら幸せです。

(なんか悲壮感漂う決意表明みたいになってしまいましたが、とにかく基本は何だか楽しいからやめられない、という事でもあるのですが)

今までちょっとでも片手袋研究に興味を持って下さった方、全てに感謝致します。これからもよろしくお願い致します。

片手袋研究家
石井公二

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※片手袋研究最初の一枚(左)と、2015年現在最新の一枚(右)。何も変わらないと皆さんは思われるでしょうが、この二枚の間にどれだけ沢山の物語があったか。

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2015年8月25日 (火)

『国立競技場跡地探訪記』

都民として新国立競技場の問題はやはり常に気になっております。

明治神宮外苑は野球を見に行ったりイチョウ並木を楽しんだり、都民には親しみのある場所ですよね。しかも僕の場合、聖徳記念絵画館(80枚の絵画で明治天皇の人生、明治という時代に起きた出来事を知る事が出来る)に曾祖父の絵が飾られているので、たまに行く事があります。

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(この小さい国会議事堂みたいな建物ですね)

新国立競技場を巡る諸問題は取りあえず置いておいて、良く考えてみればあそこに何もない、という景色が見られるのは今だけ。ふと思い立って、昨日国立競技所跡地周辺を歩いてみる事にしました。

昼ごろ信濃町の駅に到着して、まずは腹ごしらえ。前から気になっていた、水明亭というちゃんぽんと皿うどんのお店に直行です。

外苑前周辺は飲食店があまりないのですが、このお店は木立の中にポツンと建っています。

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店内はお昼時という事もあり、サラリーマンで満席。ちゃんぽんは素朴でありながら野菜の旨味がしっかりスープに染み出しており、絶品でした。皿うどんも最高!

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ここはなんと、前回の東京オリンピックの選手達も食べた、というくらい歴史があるお店なのです。店内にはその歴史を感じさせる写真が飾ってありました。

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味も佇まいも申し分ないお店でした。

腹も満たされた所で、いよいよ国立競技場跡地へ。とはいえ水明亭からは目と鼻の先。すぐに到着しましたが、ここで予想外の事実が判明。跡地の周辺は殆ど工事用フェンスに囲まれていて、しっかり中が見られるポイントが殆どないのです。

仕方が無いので、一周ぐるりと歩いてみてポイントを探す事に。それにしてもあの大きな競技場が無くなってしまったので、何となく自分がどこを歩いているのか分からなくなってしまいます。途中ホープ軒が見えてようやく、「ああ、このあたりは競技場の真横だったんだよな」という実感を持ちました。

半周程歩いた所で、フェンスが若干低くなっている場所を発見。ようやく中が見えました。

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当たり前ですが、綺麗さっぱり何もなくなっていました。でもかつてそこに競技場があった事を証明するように、跡地はすり鉢状になっていましたね。

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古いものが壊され、新しいものが作られる。その両極だけに注目してしまいがちですが、当然その間には過程もある訳で。東京ドームを作る時、確か後楽園球場を徐々に壊しながらだったので、二つとも存在する期間があった筈なんです。そういう景色って、町が変わりゆく様を如実に物語っているので、とても貴重な気がします。

今回思いつきでしたが、この景色を見ておいて良かったな、と思いました。

そして当然、奴も現れてくれました。

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恐らくこの工事に携わる方が落としていった作業用片手袋。

取り壊された競技場は今でこそ話題の中心ですが、100年も経ったらもう誰も覚えていないかも。そういう歴史の移り変わりの中に、誰かが落としていった片手袋も存在していた、というのは何かを象徴しているような気がしました。

…例によって“気がした”という名の妄想でしかないのですが。

まだ暫くはこの景色が見られそうです。皆さんも良かったらぜひ。

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2015年8月21日 (金)

『要チェックや!』

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築地の台車。冷凍マグロに揃いのゴム手袋。そして軍手の片手袋。

恐らく“軍手類放置型実用系片手袋”かな?と。つまり何か意味があってわざと片手袋になっているタイプです。

分類からいくと実用系ですが、状況からいくと度々ご紹介している“二つと一つ系(今作った名前ですが)”でもあります。両手袋の横にポツンと置かれた片手袋です。

このように、一つの片手袋が同時に複数の傾向に跨っている事も多々あります。分類するだけで安心せず、さらにじっくりと観察してみる事が片手袋研究においては重要なのです。

皆さんも是非その点、注意してみて下さい。そして、「俺だけはその“皆さん”とやらに入れてくれるなよ!」とお怒りのあなた!

…そんな事言わないで。

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2015年8月18日 (火)

『ちょうど一年前に…』

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最近の当ブログ、片手袋の写真報告が少ない事からお分かりかと思いますが、あまり出会ってないのです(それでも普通の人よりは、驚異的な確率で出会ってるんだと思いますが)。まあチト仕事が忙しく、そもそも外出出来ていない、というのも大きいですけどね。

こういう何の変哲もない“軍手類放置型横断歩道系”でも、この時期は死に程嬉しいもんです。片手袋博愛主義、つまりどんな片手袋でも分け隔てなく愛する、ことを信条にしていますが、それでも冬場に出会っていたならそれ程嬉しいとは思わなかったかもしれません。

「当たり前だと思っていたものの大切さに、失ってから気付く」という通称“ロード第一章論法”は、片手袋の世界にも見事に当てはまりますね。

P.S 文中、それでも普通の人よりは、驚異的な確率で出会ってる”という上から目線の表現がありましたが、普通の人はそもそも片手袋など探していない、という当たり前の事実に気付きました。謹んでお詫び致します。

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2015年8月15日 (土)

『One piece,One peace』

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誰かが落とした片手袋。誰かが拾い上げた片手袋。それを記録し続けてもうすぐ丸十年になる。片手袋研究はまだ道半ばなので、今の段階で安易に結論を出したり、何かを断定するような行為は極力慎重に行っている。

しかし、(人から見れば)馬鹿げた行為にのめり込んでいても何も言われる事のない時代に生まれて良かった、という事だけははっきり言える。特に毎年今日だけは。

これからも楽しく片手袋研究が続けられるような時代であって欲しい。心からそう願っている。

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2015年8月12日 (水)

『自由律俳句と片手袋』

芥川賞を受賞した又吉直樹さんの『火花』。駆け出しの漫才師徳永と、徳永が師匠と慕う芸人神谷の、数年間にわたる奇妙な師弟関係を主軸にした作品です。

二人は(というか二人でいる時は)舞台上だけでなく日常生活に置いても“面白い”を追求しているので、メールのやり取りも用件を書いただけでは終わりません。毎回必ず文末に自由律俳句のような短文を添えます。

・“夥しい数の桃”
・“カノン進行のお経”
・“エジソンが発明したのは闇”

メール本文とは関係ない文末のこれらの短文が、本作のとても大きな魅力になっているように思いました。意味はない、法則もない、マシマロは関係ない、本文とは関係ない…って途中から歌詞になってしまいましたが、「意味が無いからこそ意味を纏う」という逆説が、二人が手に入れられそうで入れられない“笑い”というものを象徴しているかのようでした。

又吉さんは自由律俳句の本も出されていると思いますが、僕も一時期、自由律、特に短律に興味を持った事があり、山頭火の評伝を借りて読んだりしました。今から考えると、それは片手袋に魅かれたのと同じような理由があったように思います。

・咳をしても一人
・まつすぐな道でさみしい

といった有名な句は、ただでさえ字数に限りがある五七五という定型から比べてもまだ少ない訳です。しかし、描いているもの、想像させるものも限りがあるかと言えば、そうではない。むしろ少ない事によって、受け取る側の想像は無限に刺激され広がりを見せます。

足りないからこそ、豊かである。これはまさに片手袋を見て様々な事を想像してしまう、という事と同じです。二つで一揃いの筈の手袋が片方になった事で、我々はその背後にある物語を想像してしまうのです。

このように、「自由律俳句と片手袋は似ているな~」などと考えていた僕ですが、半年ほど前に驚く事がありました。

今年の一月、TBSラジオ『OLERA』に出演させて頂きましたが、MCの緋田康人さんは自由律俳句の愛好家だそうで、番組内でもコーナーがあるようでした。

番組中で「自由律俳句と片手袋の親和性について触れられるかな?」と思っていたのですが、素人が生放送の時間読みを出来る筈もなく、僕の出演コーナーはあっという間に終わってしまいました。

CMに入り挨拶をしてブースを出ようとした時、アナウンサーの堀井美香さんが「片手袋を詠んだ自由律俳句もあるんですよ」と、尾崎放哉の句集を見せて下さいました。そこに書かれていたのが…

手袋片ッポだけ拾った

という“親和性がある”どころじゃない、ど真ん中の片手袋俳句だったのです!しかも放哉、放置型でなくいきなり介入型かいっ!

いや~、あの時は本当に驚きました。と同時に、僕みたいな訳の分からないゲストでさえ、事前のリサーチを怠らない堀井美香さんを尊敬しました。実は放送中、堀井さんが本番前に片手袋を探しにTBS周辺を一時間くらい歩いて下さったことが判明したのに、僕は緊張していてお礼すら言えなかったのです…。今でも悔いが残ってるんですよね。

まあとにかく。片手袋に関する妄想が現実になる瞬間の驚き、ワクワク。これがあるからやめられないのです。それらはどこに潜んでいるか分かりません。これからもあらゆるジャンルに目を光らせていこうと思っております。

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2015年8月10日 (月)

『投稿頂きました!第33回』

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【投稿者名】
Akira.Kさん

【発見日時】
2015/7/27

【発見場所】
京都

【発見した感想】
久しぶりに発見しました。しかも、介入型です。日付は今日7月27日12時15分頃です。何気なく見たら、ぽつんと置いてありました。そこは滅多に通らないところなのでこんなこともあるんだなと思っています。

※管理人から一言

久し振りに投稿写真をご紹介させて頂きます。

片手袋歴の浅い人ですと、「え?これ放置型じゃなくて介入型なの?」と感じるかもしれません。でも僕もAkiraさんと同様、介入型だと思います。

地面、もしくは地面に近い所に置かれていると、つい放置型と判断してしまいます。しかし拾い上げるまではいかないまでも、“道路の隅に移動してあげたりする”という形で発生する介入型は確かに存在するのです。

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そこを見抜いたAkiraさんは流石です!

夏場に片手袋と遭遇するのは中々難しいですが、皆さんもチャンスを逃さないよう注意してみて下さい!

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2015年8月 7日 (金)

『バンクルワセ』

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近所の銀行ポスター。

奥さん、良い笑顔してますけど、その片方外してる手袋落とさないで下さいよ!

リンゴが落ちるのを見て万有引力を発見した人がいるくらいです。どこに片手袋の理解を深めるヒントが隠れているか、一瞬も気を抜けませんよ!

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2015年8月 5日 (水)

『サマージャム’15』

暑い。ただ暑い。暑いって言ったら負けな気がするけど、それでも暑い。

それでも落ちている片手袋。

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でもこの状況だと、もはや“落ちた”のではなく“脱ぎ捨てた”のではないか?と思う程に暑い。

それが証拠に、この片手袋のすぐ横に…

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パンツが脱ぎ捨ててあった。

手袋も、パンツも脱ぎ捨て、日傘もささず走っていく。聖者になんてなれないよ。だけど涼しい方が良い。

途中から何故か歌詞を書き始めてしまった。だって結局暑さでまいっちまったんだから。

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2015年8月 3日 (月)

『養生しまっせ~』

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これは介入型ではなく、恐らく“放置型実用系片手袋”ですね。

ここは駐車場の柵なので、恐らく車を傷付けないよう養生しているのだと思います。

手袋って、人間の手以外にも色々なものを守ってくれているんですよね。ありがとう!

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2015年8月 1日 (土)

『山口理々子さん』

今までずっと片手袋に魅かれるのなんて僕だけだと思って生きてきた訳ですが、研究活動が徐々に広まるにつれそれは間違いであった事に気付かされました。

「確かに片手袋って気になるよね!」という感想は沢山頂きましたし、海外で片手袋写真を撮っていらっしゃる方とも繋がる事が出来ました。また、映画や絵画の中に片手袋を見付ける事もあり、片手袋によって創作意欲が刺激される人達もまた、僕だけではない事を知りました。

昨日、詩や童謡を創作していらっしゃる山口理々子さんよりメールを頂きました。山口さんは物心付いた時から片手袋に注目しており、タモリ倶楽部で僕を見た時は驚いたそうです。

山口さんは何年か前に片手袋についての詩を書き、それはやなせたかしさん編集の雑誌で賞をとったのだそうです!選評の時にやなせさんが、詩にメロディをつけて歌ってくれる、という嬉しいハプニングもあったそうです。その作品がこちら。

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片手袋を何かに象徴させた詩ではなく、純粋に片手袋そのものについて書きたかった、という事なのですが、まずそれが片手袋愛好家として素晴らしいと思いました。そして詩の内容もまさに日頃僕がブログで書いているような気持ちを鮮やかに描写してあって、感動しましたよ。

さらに山口さんは、「まいごの世界」という童謡で金子みすずのコンクールでも受賞なさっているのですが、こちらも片手袋に関係した作品なのです。

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『まいごの世界』

この世の どこかに あるんだよ
まいごの世界が あるんだよ

ハモニカ トランプ 麦わら帽子

まいごになった ものたちが
なかよく あそんで くらしてる

この世の どこかに あるんだよ
片っぽの世界が あるんだよ

てぶくろ ながぐつ 耳飾り

なかまをなくした 片っぽが
いっしょになって くらしてる

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こちらの童謡もなのですが、山口さんの作品は“片手袋を見ている誰かの気持ち”ではなく、“片手袋自身の気持ち”を描写しているのが特徴だと思います。

この世界観、以前当ブログでもご紹介した『カタッポ』という絵本を思い出しました。

これは片手袋の背後にいる人間達のドラマを想像する場合もそうなのですが、やはり片手袋って様々な物語を夢想させる力を秘めているんですよね。少数であっても片手袋に魅かれる人達が存在するのは、ここが一番大きなポイントなんだと思います。

山口さん、本当に嬉しかったです。ありがとうございました!

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