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2014年3月 9日 (日)

『コンステレーション』

壁のシミすら人間の顔に見えてくる。そういう経験はないだろうか?


つまり、人は全ての事象を“物語”として把握しようとする生物であるらしい。“シミ”という無機的な事象を“顔”
という有機的な事象に置き換えて理解しようとする。


一説によると、電車の中で携帯電話で話す人が耳障りなのは、うるさいからではなく片方の人の話しか聞こえないからだそうだ。つまり、“会話という物語”を受け取れないことがストレスになるのだそうだ。


星もそうだ。星が一つだけなら、それはただの星。しかし、二つ三つ星が集まってくると、本来何の関係性もない筈のそれらを結んで物語を紡ぎ出す。星座というのは物語だ。


急須は急須。ラジカセはラジカセ。何の関係性もないこの二つが路上で出会うと、不思議と何か物語が浮き上がってくるような気がする。

Image_2


片手袋というのは、それ単体でも物語を想像しやすい存在だ。「誰が落としたんだろう?」「何で落としたんだろう?」「誰が拾ってあげたんだろう」…。片手袋から紡ぎ出される物語は尽きる事がない。


そんな片手袋に加えて、何か他の物体が写り込んでいたら。片手袋とその物体の間に、また新たな物語が立ち上がってくる。


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放置型の片手袋と青いプラスチック製の箱。皆さんはここからどんな物語を想像するだろうか?


何が言いたいかというと、「地味な片手袋写真ほど、無駄な前置きが長くなってしまいますね!」という事なのである。

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