« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月

2009年2月28日 (土)

バミューダ

148594221_148_2 何故か頻繁に片手袋が落ちている場所がある。

片手袋を引き寄せる磁場が発生しているのだろうか?

今日の写真は、昨日の写真と全く同じ場所で撮ったもの。

見つけたのも同じような時間帯だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月27日 (金)

撮り方

152509644_162 片手袋の写真を撮り始めた頃の話。

最初はアップの写真だけしか撮っていなかった。

昔は片手袋を見つけると毎回、「写真におさめられるのはもうこれが最後かもしれない」という気持ちになったもんだ。だから、確実に落ちていた事が分かるよう、証拠写真のように面白味のないアップで撮っていた。

しかし何年か経つと、「これが最後」なんて有り得ないぐらい、物凄く沢山の片手袋がまちに落ちている事に気付く。そうすると余裕が出てきた。そして考えた。

大切なのは片手袋そのものだけじゃない。それが落ちている事によってほんの少しだけ変化したまちの空気感。その空気感こそが片手袋の醍醐味なんだ!

以来、僕は背景や状況もフレームに収めるようになっていった。今では片手袋がよく見えないぐらい遠くから写真を撮る事もある。

僕が遠くから片手袋を写すほど、僕と片手袋の距離は近くなっていく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小休止

152513202_87 パーキングメーターに『休止中』のカバーが被せてあった。

その横にはガードレールに片手袋が被せてあった。

この片手袋も、手袋である事を休止している最中なのだろう。

それにしてもこの手つき。

結婚会見で相手に貰った指輪を記者団に見せるアイドルのようですな。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年2月26日 (木)

冷静と情熱の間

144195232_77 これは珍品!

食品や医療関係で使われるディスポーザルタイプの片手袋(ビニールタイプとゴムタイプ)が二重になって落ちていました!

ここまで厳格な衛生対策をする一方、それを落としてしまうおっちょこちょいさ。

『厳格と寛容』という二つの価値観に挟まれたこの片手袋を、

僕は“冷静と情熱の間タイプ”と呼ぶことにした。

今日だけ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月23日 (月)

兄弟

051220 片手袋の横にガムの包み紙が落ちていた。

何となく色合いが似ている。

兄弟かな?

| | トラックバック (1)

目線

139386402_146 目線が変われば世界が変わる。

蟻の目線で見れば、蟻の目線でしか見えない世界が。

鳥の目線で見れば、鳥の目線でしか見えない世界が。

片手袋の目線で見ると、世界はどんな風に見える?

ちょっとでも知りたくて、地面にカメラを置いて片手袋を撮ってみた。

ちょっとした事で世界は変わるのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月20日 (金)

金魚

051226 地元の駅の水槽の上に片手袋。

金魚と黒い片手袋のコントラスト。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人目

06213_1 道端で片手袋を撮影する。人ごみであろうが何だろうが撮影する。

人々は怪しげな顔をする。「コイツ、何をやってるんだ?」

でも、僕は気にしない。そんな事を気にしてたら片手袋道は歩めません。

というのは嘘。気になるに決まってるよ!

目茶苦茶恥ずかしいに決まってる。日々、こんなモノに興味を持ってしまった自分を呪いつつ撮影しているのです。

その点、夜は良い。

東京だって、夜は誰もいないようなところが沢山ある。そういう所で出会った片手袋とは、じっくり対話が出来る。

「誰が落としていったんだい?」「いつからここにいるんだい?」「持ち主には大事にしてもらっていたのかい?」

心の中でそんな事を問いかけながら、東京の夜にフラッシュが光る。

今日の一枚は、友人宅で深夜までお喋りしていた帰りに撮った一枚。

タイトルは「東京ラブストーリー」。

理由は特にない。何故かそんな単語が頭に浮かんだのだった。

| | トラックバック (0)

2009年2月19日 (木)

黒子

1 片手袋道を歩み始めてもう何年にもなるが、僕は今まで二、三の例外を除いて落ちている片手袋に触れた事がない。

「警察に届けてやれよ」とか「目立つ所に置いてやれよ」とかいう意見があるとしたら最もだ。

だけど僕は触らない。

誰かが手袋を落とす。そしてそれに気付いた人がどこかに届けてあげたり置いてあげたり、はたまた誰にも気付かれることなく薄汚れていったり。

そこに起こるサイクルやドラマや静寂に僕は関係したくないのだ。ただじっとその流れをファインダー越しに観察したいだけ。

それが良い事なのか悪いことなのかどうでも良い事なのか分からないけど。

今日も僕はジッと路上を見つめる。

| | トラックバック (0)

2009年2月17日 (火)

妄想してごらん

P8100013 これを見て下さい。

写真左、青い箱の上に青いゴム手袋が仲良く並んでいます。

写真右上、軍手片手袋が独り淋しく佇んでいます。青いゴム手袋を遠目に意識しているように見えます。

クリスマスにカップルが仲良く手を繋いで歩いているのを、舌打ちしながら見ている独身男性(彼女いない歴3年)、って感じですよね。

え?別にそんな感じじゃない?

良いんです。片手袋は勝手な妄想を楽しむ遊びなんですから。

| | トラックバック (0)

何でも落ちてますね

P1120036 今日は番外編。

片手袋を求めていると、それ以外の思わぬ珍品に出会う事もある。

これ何だか分かります?

手袋の片方の一本の指先の残骸。

片手袋が1/2なら、これは1/10だよ!

なんでこんなものが落ちているの?変だよ。

って、こんなもの見つけて写真撮っている僕の方が変だよ!

| | トラックバック (0)

2009年2月16日 (月)

場違い

06131_2 朝の築地市場は忙しい。

普通の人では危なくて歩けないほど忙しい。

そんな慌しい築地で、この片手袋だけは、

水を吸ってグデングデンになっていた。

何ともやる気のない場違いな姿。

でも彼だって落とされる前は市場の忙しさに多少は貢献していたんだろうなあ。

| | トラックバック (0)

2009年2月13日 (金)

始めの一歩

05111 誰よりも片手袋の良き理解者だと思っていた。

しかし、それは間違いだった。

片手袋を撮り始めてしばらくすると、より変わった素材の手袋、より変わったシチュエーションに落ちている手袋を求めるようになる。

そうすると、僕は軍手に対して気付かないうちに冷たい態度を取るようになっていた。

冬場、皮手袋やファー付きの高級そうな手袋を見つけると胸が躍る。

一方、防寒具以上の役割があり、冬に限らず通年見付ける事の出来る軍手の時は、心の中で「チェッ」と舌打ちをしているのだ。

しかし、この波止場で佇む軍手片手袋を見つけた時、彼が放つ何とも言えない哀愁に打ちのめされてしまった。

いつも傍にいるのが当たり前だった人の、意外な一面を見てしまったかの様な衝撃。例えば、お父さんが泣いているのを見てしまった時の様な。

以来、僕は軍手を差別することを止めた。そうなった時初めて、僕は真の片手袋愛好家の道を歩み始めたのである。

| | トラックバック (0)

2009年2月11日 (水)

原因結果

0629 森羅万象、全てのものに原因と結果がある。

本当か?

いや、分からないけど、大抵のことには当てはまる理論だと思う。

マンションの一階の植え込みに、片手袋が割りとよく落ちている。

それは別に人間がマンションの前で手袋を落としやすいのではなく、

干してある手袋が落ちたんだと思われる。

今日は大袈裟な書き出しの割りに、普通の記事になってしまった。

それは私が今、お腹が空いて思考能力が鈍っているからだと思われる。

これも原因結果。

| | トラックバック (0)

2009年2月 9日 (月)

見えない繋がり

Pc220189 我々の世界(片手袋愛好者の世界)で、『優しさ型』と呼ばれる片手袋達がいる。

誰かが片手袋を見つける⇒落とした人が可愛そうになる⇒片手袋を目立つ所に置いてあげる

という一連の流れによって生まれるのが、『優しさ型』片手袋である。

それらは多くの場合、ガードレールにぶら下げられたり、電柱に吊るされたり、目立つモニュメントの上に置かれたり、という形をとる。

皆さんも、『優しさ型』を見つけたら、人と人との見えない繋がりに思いを馳せて頂けたら光栄である。

人間案外捨てたもんじゃないし、ドラマなんてまちじゅうに溢れていたりするもんだ。

| | トラックバック (0)

怖い

06213 片手袋は怖い。

深夜。人気のない路地。さっきから誰かに見られている気がする。

びくびくと早足で家に急いでいると、

突如目に飛び込んできた人間の手首!

「ギャーーーー!!」

いや、片手袋が落ちてるだけなんですけど。

でも、やはり片方だけの手袋は手首を連想させますよね。

誰かが拾い、目立つよう電柱にぶら下げておいてあげたのだろうこの片手袋も、

深夜に目撃した僕からしてみれば異様な光景でしたよ。

| | トラックバック (0)

2009年2月 7日 (土)

楽しい

P5150137 片手袋は楽しい。

人間のおっちょこちょいさが透けて見えるようで楽しい。

思わぬ場所で肩身が狭そうに落ちている姿が楽しい。

擬態のように道と同じ柄だったりして楽しい。

日本橋で見付けたこのビニール片手袋は、

楳図先生の『グワシ!』を連想させて、

やっぱり楽しかったのです。

| | トラックバック (0)

2009年2月 6日 (金)

悲しい

051121_1_2 片手袋は悲しい。

『誰かが落として悲しんでるだろうから』とか『大事な人からプレゼントされたのかもしれないのに』とかそういう事じゃなくて、存在自体がただただ悲しい。

見た瞬間に心の悲しみスイッチがオンになる。

「かっこめかっこめ!」

冬の鷲神社、酉の市。寒い冬を彩る賑やかな祭り。

参道に落ちていた子供用の赤い片手袋を見つけて、僕は人ごみの中一人悲しくなっていた。

踏まれても踏まれてもそこにあり続けるという事。

| | トラックバック (0)

2009年2月 5日 (木)

はじまり

Photo_2 まちを歩いていると、手袋が落ちている。しかも必ず片方だけ。何故だろう?

皆に聞いてみる。

「そういえば落ちているな」。

皆も気付いていた。だけど気にしている人なんて誰もいない。

こんなに沢山、こんなに目に付くところに落ちているのに、誰にも相手にされない手袋達。でも多分、それぞれがそれぞれに色んなドラマを抱えている。

デジカメに携帯のカメラ。常備出来る記録メディアは現在、当たり前のように普及している。僕はやつらを『片手袋』と名付けて、数年前から写真に記録する事を始めた。 

このブログでは、僕の撮り溜めた写真を少しずつ紹介していこうと思う。

どこからきて、どこへ消えてゆくのか、片手袋。その寂しげな佇まいはなんだか私達のようだ。

| | トラックバック (0)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »